「わたしのこころ」と「あなたのこころ」

お互いに向き合って「わたしのこころ」と「あなたのこころ」と言い合うことができますが、この二つの「こころ」の中で、「わたしのこころ」は、わたしには分かりますが、「あなたのこころ」は、わたしには分かりません。
 なぜなら、「わたし」と「あなた」とは全く異なった存在で、お互いの「こころ」を感じることも、その中に入っていくこともできないからです。そのことは、眼を閉じてみると明らかになります。「わたし」が眼を閉じると、前にいた「あなた」は消えてなくなり、「わたし」は「わたし」だけのこころの中に居ることになります。つまり「わたし」は「わたしのこころ」の中に、「あなた」は「あなたのこころ」の中に住しているのです。
 この相違する「こころ」をいま「宇宙」と呼んでみたい。すると「わたし」と「あなた」とは別々の宇宙に住んでいることになります。つまり宇宙は一つではなく、
          「一人一宇宙」
 なのです。
 常識では「わたし」と「あなた」とは、さらに広くすべての人々は、百数十億光年前にビックバンで膨張しはじめた広大な一つの宇宙の中に住んいると言われますが、その宇宙は外から与えられた情報にもとづく宇宙であり、これに対して眼を閉じて住する宇宙は自らが実感する宇宙です。「情報にもとづく宇宙」は抽象的存在であり、「実感する宇宙」は具体的存在です。
 この「一人一宇宙」と認識することが、自分とは、他人とは、事物とは、自然とは、宇宙とは何か、つまり「いったい何か」という人間にとっての根本的問いかけを追究していくための出発点になります。
 この「一人一宇宙」という言葉は、私が平成十三年四月から一年間、NHK教育テレビ「こころの時代〜宗教・人生〜」で唯識を講じた際の最初の講義で言い始めてのですが(『やさしい唯識〜心の秘密を解く〜』NHKライブラリー)、この言葉に対してすぐに反響があったと聞いています。その後、私は、講義・講演の中で、かならず「一人一宇宙」という事実に気づいてくださいと訴えることにしています。
 すると、この事実に気づき納得した人から、「生き方が変わった」「他人との付き合い方が違ってきた」などという声を聞くことがあります。
 本当に三人いれば三つの宇宙があるのです。
さあ、この「一人一宇宙」という事実認識から、「いったい何か」「なぜか」「いかに生きるか」という人生の三大問いかけを解決する旅路に出発しましょう。

やさしい唯識―心の秘密を解く (NHKライブラリー)

やさしい唯識―心の秘密を解く (NHKライブラリー)